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100年
先日、祖母が亡くなりました。


ブログに書くのもどうかと思いますが、
自分の心のなかにあるものをそのまま黙って眠らせておく事が出来ない性分といいますか、
落ち着いて文字に起こす事で、それが私には気晴らしとなります。
そんなものネットに公開するんじゃないと怒られない範囲で書きます。


亡くなる約二か月前、母から連絡がありました。
もうそろそろ覚悟しておいた方がいいだろうとの事でした。
実感はありません。
ただ、逢いに行くたびに祖母が干からびていくのを感じてました。

私と祖母は、時間の流れが違う世界に身を置いているのではないか、と疑える程でした。
看護師の母は言います。
若い人の一年は、年寄りにとって五年くらいだと思いなさいと。
若い人っていうのは私をさします。
でも私もいい歳です。
十代の若者の一年と比べたらきっと、もっと長い月日が経っているんだと思います。

亡くなる約一年前。
祖母は私が解らなくなりました。

耳元で大声で「ばーちゃん、飯~!」って言うと、はたと気がつきます。
そして私だと解らなかった理由に必ず「髪型が変わっているから解らなかった」と言いました。

私はそんなにおしゃれじゃありません。
ショートにしてしまえばショートのまんま。
髪が伸びればお団子のまんま。

でもおばぁちゃんの話に合わせます。

「この間、美容院いってきた」
「伸びたから縛った」
「暑いから切った」
「髪型変えたんじゃなくて染めたんだよ」

そのうちに、祖母は視力聴力共に失い、嘘をつく必要もなくなりました。
その代わり、嘘のコミュニケーションすら取れなくなりました。

それからは早かったです。
私の多忙な一年と、祖母の過ごした一年は、はたして本当に同じ“一年”なのかと本当に思います。

仕事がきつかった。
仕事というより人付き合いが困難の極地だった。
週に2回くらいは転職サイト眺める時間があった位…
私には怒涛の一年だった。

祖母の最期の一年は、
ただただ老いるだけだった。
視力と聴力を失った。
ベッドから起きれなくなった。
食事も殆どしなくなった。

亡くなる直前に逢いに行った時。
寝たきりの祖母の浮腫んだ足をさすっていた。
私の筋力を少しだけでもいいから分けてあげられたらと思った。
私の視力を少しだけでもいいから譲ってあげられたらと思った。
私の底知れぬ食欲を好きなだけ持ってっていいからとも思った。

2015年は八か所、全国でも有名なお寺や神社に行ってきた。
そこでお賽銭を払って神様にお願いしてきましたけど、
聞き入れては頂けませんでした。
せめて視力だけでもと思いましたが…
そんな都合の良い奇跡は、
数百円の御賽銭では叶いませんでした。

祖母の食事介助をする母の横で、
部屋の壁に貼ってある、祖母の書いた習字を見ました。

それは短歌だったり、
「野焼き」「稲刈り」といった単語だったり、色々あった。

施設から見える景色を見て綴った短歌。
施設から見える風景を言葉にして書いてあった。

その中にひとつ“ほたる”とあった。
殆どの習字は、目に見えた筈の単語だったけれど、ほたるっていうのはどういう事だろうか。

私が子供の頃に生まれ育った場所では確かにほたるが見えた。
でも、今はおそらくもういない。
施設の周りに川はあったけれど、おそらく生息していない。

祖母は、先に聴力を失った。
だから小川のせせらぎなど聞こえなかった筈だ。
でも、山と自然に囲まれた施設の中で、
十数年前に見ていた“ほたるのいる風景”を思い返していたのだろうか。

まだ元気に過ごしていた頃、
飼い犬も元気で、
スクーターにも乗ってて、
孫の面倒を見て、
ほたるもいて、
庭なんか蛇も出て、
梅が咲いて、
桜が散って、
数年に一回は雪が降って、
そして何よりも、
家族が全員揃っていた。



仕事の朝。
スマホの目覚ましが鳴って起きた時。

「おばあちゃんが亡くなりました」

と、母からのメールを見ました。


実感はありませんでした。

仕事終わって帰ってくれば、ご飯食べてお風呂でてそのまま寝ちゃいます。
亡くなる前におばあちゃんが逢いに来ることもなければ、夢にも出てきません。
ただ爆睡して朝起きたら知らされたっていうただそんな感じでした。


人生で初めて家族を失いました。
お葬式自体、人生で初めてです。
喪服なんて持っていません。

スーツケースにとりあえず荷物を入れて、
職場の上司に連絡して、
最期の御別れの為に帰省。

実感はありません。
ただただ、スマホでツイッター眺めたり、ネットゲームしたり。

私は泣くと、半端ない頭痛に襲われます。
ドラマだとか映画だとかで感動して泣いてもロキソニンのみます。
だから泣くのは本当にいやだったんですけれど、

さすがに我慢は出来ませんでした。

ひたすら“腹減った~”とか“あのアニメまだ見てないなぁ”とか思って、
おばあちゃんの事を考えないようにしていましたけれど。

お葬式が終わりました。
棺桶の中で眠るおばあちゃんがつけていた指輪を一つ、
形見に貰いました。

火葬が終わりました。
遺体を見たのが初めてならば、
人骨を見たのも初めてです。

上顎骨や蝶形骨の一部が濃いピンク色しているのをみて
不思議に思っていたところ
それはFMCやBrが溶けてこういう色になるんですよと教えてくれて、
へぇ~と思った。
斎場のスタッフさんが前職歯科技工士だったと聞き、
なんだか不思議な縁を感じます。



そして、今日。
無事に納骨が終了しました。

おばあちゃんの形見の指輪だけつけて行きました。
でも、おばあちゃんの形見の指輪は増えました。

私には似合わないものばかりです。
そのうち、ちゃんとしたジュエリーボックスに入れて飾ります。
一つの指輪入れには「戦時中、金に変えた」とマジックで書かれてました。
生々しいです。
祖母にとっての指輪は、ファッションの一つではなかったんだと思いました。

本当はもっと、
書きたい事が山のようにあります。
それは、祖母との暮らしの思い出ではありません。
私が思う事はもっと違う事です。

でもそれを書いてしまったら、
私はすっきりしてしまうかもしれない。
それではいけない気がする。

まだしばらくは、祖母の死を突然思い出しては、
「死」とか「人生」とか「時間」とか、
小難しい事を考えようと、無い頭をオーバーヒートさせそうです。


人は亡くなったら何処にいくんでしょうか。
極楽浄土なんてあるんでしょうか。
ご先祖様なんて本当にいるんでしょうか。
何て言ってるんだか聞き取れない御経って本当にありがたいんでしょうか。
御経をあげらて人は嬉しいんでしょうか。
葬式なんて本当に死んだ人が望んでいるんでしょうか。

おばあちゃんはもう何処にもいないのに。
生きてる人間が勝手にやってるだけっていう感じがしてどうしようもなかったです。


私は自分が死んだら何もしないで欲しいと、漠然とそう思います。
多分、死んだら消える気がします。
使い物にならなくなった体を普通に燃やしてもらえればそれで結構。
三途の川になんか行かない。
現世にも留まらない。

蝋燭の火が消えるように、ただ居なくなるだけだから。

仰々しい事はせず。
静かに幕を引いて終わりたい。


今はただ、そう思います。





今度
おばあちゃんが箱ごと食べちゃう位に好きだったみかんを持って、
御参りにいきましょう。

もうきっと
「髪型が違うから解らなかった」なんて言われる事もないでしょう――。
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