◆Twitter:maki_aoi ◆pixiv:4400386 ◆二次創作小説書いてます ◆管理人:真木 葵
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氷上の君へ
* ユーリ!!!on ICEの二次創作小説です
* 見る人によってはBL(ヴィク勇)ですがそういうシーンは書いてナイデス


side YURI


 一頻り練習を終えて帰って来ると、ヴィクトルとミナコ先生が一緒に僕の家から出てくる所に遭遇した。ランニングしながらリンクから帰って来た僕を見かけるなり、二人とも手を振って迎えてくれる。夕闇の差し迫ったこの時間から二人が一緒に出掛ける事は何度もあった。最初は「もしかして」なんて吃驚したけれど、そんなロマンチックなものじゃない事は翌朝になれば嫌でも解る。酔いつぶれたロシアの皇帝は、僕の家の宴会場もしくは自室(仮)の途中の廊下、もしくは僕の部屋の僕のベッドで全裸で寝ているものだから非常に性質が悪い。

「勇利も一緒に行くかい?」

「僕はいいよ。二人で楽しんで来て」

「解った。今日は散々ジャンプの練習をしたからね、良く体を休めておくんだよ」

 なら誘わないでよ、と言いかけて言葉を飲み込んだ。僕は試合で通用するジャンプの技術が備わったとしてもメンタルが弱点となって現れる。だから、練習では完璧な成功率でなければ安心してプログラムに組み込めない。

 ユリオが此処に居た頃、サルコウの踏み込みや着氷を動画に撮らせて貰ったし、ヴィクトルにも細かく指導をして貰っている。ただ、集中的にジャンプの練習をすれば、体力に自信がある僕でも疲労が体に蓄積する。

 だから、今日は夜練は無し。となれば、ヴィクトルは大酒飲みのミナコ先生を誘って一晩中飲み歩いている。こうやって僕を誘う事は毎回だけれど、どうせ行くっていったって大して飲ませて貰えないし、何より、大酒飲み二人の介抱は流石の僕でも面倒臭い。

「行ってらっしゃい」

 …少しだけ寂しいと思うのは、四六時中僕にべったりな大型犬みたいなヴィクトルがそばから居なくなるからであって、別に深い意味はない。太りやすい僕が飲み屋にいったらすぐにリバウンドするんだから。

「さて」

 ご飯食べてもう寝ちゃおう。そう思って踵を返す時だった。ジャージのポケットでスマホが一瞬震えた。ヴィクトルかな?と思ったけれど、二人はもう既に小さい影となっていた。画面を見ると優ちゃんからだった。えっと…

(勇利くん、お疲れ様。洗面所に水筒忘れていってるよ。中身入ってなかったし、明日も来るだろうから洗っておくけど、探すといけないから一応報告しとくね)

「あ、そうだ忘れてた」

 笑顔の顔文字と一緒に送られてきたメッセージ。今日練習中に手が滑って水筒をおとしてしまい、壊れてないか確かめようとして洗面所で水いれて逆さにしたり試してたのすっかり忘れてしまっていた。

「…取り行こ」

 子供の頃から面倒見の良い優ちゃんは、結婚して出産してお母さんになって、僕の事を変わらず弟みたいに世話やいてくれる。勿論、フィギュアスケート選手として応援してくれているのは解っているけれど。


 一人で走ってきた家までの道を、また逆方向へ歩き出す。少しだけ歩調をあげて、夜の帳につつまれた、生まれ育った町を眺めながら。

(今日はあの二人、どこまで飲みに行くんだろうな)

 5年ぶりに帰って来たとは言え、なんだかんだ変わらない街並み。ロシアの皇帝が滞在するには田舎すぎるこの風景。大食漢のヴィクトルにとっては、異国の美味しいものが沢山ある楽園のような場所だと喜んでくれていたけれど、ヴィクトルに憧れ続けていた僕の元に彼がやってきたこの真実が、今でも時折夢なんじゃないかと思う時が良くある。

「あれ?勇利くん!」

「優ちゃん、連絡ありがとう。ごめん僕すっかり水筒の事忘れてた」

「洗っておいたけど、勇利くん何処かに落としたでしょう?キャップの端が傷になっちゃってたよ」

「あーうん、リンクじゃないから安心して」

 受け取った水筒は、もう何年も昔から使っている愛用の物だった。練習中、リンクサイドに置いといて、たまに疲れていると向こう側へ落としてしまう事があった。

「別に水筒もリンクの心配もしてないよ。それより勇利くんの心配してるんだからね」

 少しだけ頬を膨らませて僕の背負うリュックを指差す優ちゃん。

「今日は休養するんでしょ?なんで持ってきたの、シューズ」

「あ、えっと…」

 優ちゃんはヴィクトルとの練習中、良くリンクへ様子を見に来てくれる。差し入れや、何か手伝う事はないか等。リンクを使わせて貰っているだけで十分なのに、そして僕もヴィクトルもそれに甘えてしまっていた。

 だから、今日僕が一日ジャンプの練習をしていた事も知っていた。水筒を落としてしまった事は本当にたまたまだったけれど、僕がオーバーワークしすぎて体調崩さないように心配してくれているんだろう。

「ヴィクトルにも言われてるでしょう?今日はもう休んだ方が」

「あ、えっと違うんだ。その、そう、練習とかじゃなくて実はまだエキシをどうするか考えていなくって、それを、イメージしたくってそれで来ただけなんだ」

「エキシビション?」

 咄嗟に思い付いた嘘が、僕の顔を思いっきり火照らせた。自分で何を言ったのか冷静に考えてみれば、こんな事人に言うもんじゃないし、ましてやヴィクトルに知られたらなんて言われるだろう。

 必ず準備はしとくものだとチェレスティーノにも言われていたけど、僕はまだSPもFSも完全な物に仕上げていない。そんな段階で、一体何を口走った!?

「そっかぁ、そうだよね!良いよ!ちょっと待っててね、電気消してきちゃったからすぐリンクの準備するよ」

「あ、優ちゃん、あの!」

「そっかぁ~。そうだよね、エキシの準備もしなくちゃだもんね。うわぁ~エキシかぁ!」

 スキップしながら機械室へ消えていく優ちゃんがあからさまに喜んでいるものだから、咄嗟の嘘なんて言えなかった。優ちゃんを引き留めようと伸ばした右手が、虚しく空中に浮いている。

 でも、いっか。

(練習…したい…)

 休息も大事。ロードワークも大事。バレエレッスンもコンパルソリーも大事。でも、リンクの上で思いきり体を動かしたい。そういう衝動が止まらないくらい、今の自分の実力に不安が募る。

 ベンチに座って、手入れをしてしまっておいた練習用のシューズをもう一度取り出すと、僕は無心になって氷の上に戻っていく。



side VICTOR


「ヒロコサーン、勇利、部屋イナイデース、ドコイマスカー」


 一軒目のバーでミナコと飲みはじめて30分も経たない頃だった。彼女のスマホに着信があり、ネイティブな英語で「解った、すぐ行くわ」と応えると真剣な面持ちで俺との約束のキャンセルを申し出た。

 女性のプライベートに干渉するのはマナー違反だ。俺は、じゃぁまた次の機会にと告げると慌てて店を出るミナコを見送った。

 日本には何度か来た事があるけれど、本当にシャイな人が多いと気がついた。バーでも俺に気がついて熱い視線を送ってくるレディはいるけれど決して声を掛けて来ない。ミナコの様な女性はとても少なく、どちらかと言えば皆勇利の様だ。

 一人で飲むのも悪くはない。しかし、こういった静かな場所で一人でいると、どうしても勇利の事ばかり脳裏に浮かぶ。

 それはコーチとして選手を心配しているのとは少し違った。どちらかと言えば勇利はもう身内のような存在だった。勿論、それは俺だけであって勇利は変わらず、俺の事を神様か何かだと勘違いしている。

 俺が此処へ来た当時「勇利のコーチをするっていうのは、休みたいだけじゃないのか」と勇利に言った事があるとミナコから聞いていた。勇利も頷いていたというのだから俺としてはショッキングだ。

 去年のバンケットで俺にコーチをせがんで来たのは、勇利の方だっていうのに。


「勇利なら、夕方帰って来たけどまたリンクに戻ったみたいよ」

 勇利の所在を片言の日本語で寛子へ問うと、後ろに通りかかった真利が代わりに答えてくれた。

「夕飯も食べんと、体がもたんけ」

 困った様な表情で寛子が日本語で溢していた。聞き取ることが出来なかったけれど、ラップに巻かれた一人分の夕食がそこに置きっぱなしになっている。それは寛子が準備した夕食であり、勇利の箸とコップも一緒に置いてあるのをみれば、勇利は夕食も食べずにまたリンクへ戻った事が容易に伺える。

「ヒロコサン、勇利ト一緒ニカエッテ、キマス」

「そう?お願いね、ヴィっちゃん」

 勇利の夕食の前で、マッカチンが気持ち良さそうに眠っている。勇利の帰りを待ってくれている。此処に座って寛子のご飯を美味しそうに食べて、温泉のお客さんと一緒に酔っぱらう俺を叱ってくれるそんな日常を待っている。

「イッテキマース」

 勇利の回りには暖かな愛情が溢れている。いつも素敵な笑顔で勇利と俺の事を見送ってくれる寛子をそっとハグして、俺は言うことを聞かない生徒を迎えに、いつもの道を一人で歩き出した。


 誰もいないリンクで、氷を削る音が響く。

 珍しく優子もいない。時間的にあの三人のおちびちゃん達をお風呂にいれたり寝かしつけたりしなければいけないのだろうか。そんな時間に、勇利が一人リンクの上でステップの練習を行っていた。

 勇利が一人でリンクに来ている時は大抵コンパルソリーを黙々とこなしているんだと以前優子たちから聞いていたがそれではなかった。此処にくる途中、優子から貰ったメッセージには「勇利くんが一人でオーバーワークしないように見張っててって頼まれていたけれど、今日は許可してあげて」とあった。

 気になって理由を聞くと、驚くべき答えがそこにあった。

(これは、俺の)

「ヴィクトル・ニキフォロフ、2014年のGPFエキシビションね」

「…優子?」

 髪を下ろした優子が、背後から声を掛けて来た。勇利の為にだろう、新しいタオルを二枚手に持っている。

「あ、変わった。今度は…これはシニアデビューの年のエキシね」

「凄いな優子は。ショートやフリーでさえ、何年の時のプログラムかなんて、普通覚えていないよ」

 スケートが好きな人にとって、試合よりもエキシビションが楽しみだという人は少なくない。アイスショー的な要素が加わる上に、その試合を盛り上げた選手が一同に魅せる演目だからだろう。

「凄いのは勇利くんよ。見て」

 無音のリンクから音楽が聞こえる様だ。きっと優子もそう思っているに違いない。聞こえるのは氷の上を滑るエッジの音だけだ。もっと近づけば、勇利の息遣いさえ聞こえてきそうな程、静かだ。

「一体何故、勇利は俺のエキシを滑っているんだ?」

「解らない?」

 なかなか自分に自信を持てずにいる勇利なら、SPもしくはFSのジャンプでも練習しているのかと思っていた。いや、それなら優子が「今日は許して」とは言わないか。

「ヴィクトルと挑むGPFで金メダルを獲る、必ず獲るって自分に言い聞かせているのよ」

 エキシなんて準備していなくても、以前のプログラムを少し変えて滑る選手は珍しくない。試合前に、わざわざ他の演目の練習に時間を費やすなんて馬鹿げていると考える選手もいる。

 勇利に至っては、そんなメンタルの余裕はないだろうと思ってエキシの事はなにも触れずにいたけれど、そうか。それは俺の思い過ごしだったんだな。

「本当はきっとオーバーワークを止められたくなくて咄嗟に『エキシのイメージを』って言い訳を思い付いたんだと思うんだけどね。リンクに上がった途端、迷いもなく滑り始めたわ」

 あなたのプログラムをね、と優子はウインクをする。

 不器用な勇利、心を見抜かれているとは情けないな。

「じゃ、私は戻るから、コレ勇利くんにお願いね。ヴィクトルコーチ」

「サンキュ」

 優子は持っていたタオルを俺に手渡すと、そのまま踵を返した。



side …


 無音のリンクの中央で、勝生勇利はエッジを止めて目を瞑った。

 既に息は上がっていた。状態で言えば疲労もしているだろう、夕食も食べずに滑り続ければ空腹であろうだろう。スケートの神様なんて異名を持つ選手の演目をひたすら滑っていれば、疲れはピークの筈だった。

 深呼吸すれば冷たい空気が肺に流れ込んでくる。身体中を巡る血液を冷ます為、2~3度大きく呼吸を繰り返した。次の演目は、同じくヴィクトル・ニキフォロフのプログラムーーー。

「勇利」

 彼になりきって滑る。憧れのヴィクトルと同じ様に。そう思って、すっと目を開けて滑り出そうとした瞬間だった。

「えっ!?」

「コラ、危なっ」

 リンク中央で佇んでいた勇利の目の前に、突然現れた人影に驚いてバランスを崩しかけた。咄嗟の事でヴィクトルも手を差しのべ、尻餅をつきそうな勇利の体を思いきり自分の方へと抱き寄せる事で転倒を免れた。

「どどど、どうして此処に」

「集中しすぎ。俺が此処まで滑って来るの、気がつかなかった?」

「全く…」

 勇利は夕方ミナコと一緒にいた彼を見送っていたが、服装はいつもの練習着に変わっていた。当然の事だがスケートシューズもはいている。ヴィクトルが言う様に、集中しすぎて時間も周りも忘れてしまっていたのか、ヴィクトルの呼び声でさえ届いていなかった模様だ。

「ミナコ先生と飲みに行ってたんじゃないの?」

「ミナコに急用が出来てしまってね。家に帰ったら勇利がご飯も食べないでまだ練習してるってヒロコが心配していたから、見に来たんだ。そうしたら、勇利ずっと俺のエキシばっかり練習しているから気になってね」

「え、ええぇぇ…見、見て、たの…?」

 自分の練習をこっそり見るのは優子かスケオタ三姉妹くらいだけだろうと思い込んでいる勇利は、ヴィクトルが自分のスケートを…しかもエキシビションのプログラムを滑っている所を見ているなんて全く予想していなかったものだから、思いきり顔を赤らめて頬を隠し始めた。

「勇利、なんで恥ずかしがるんだ?」

(だって、自分で言うのも何だけど結構完璧に…)

「俺も忘れてる位に昔のエキシもあったね。勇利は本当にーーー」

 ヴィクトルから離れて自分で立とうとする勇利だったが、頬を隠すその手の項ごと彼の両手に包まれて更に顔を上へと向けられたら緊張で体が強張ってしまう。

「俺の事が好きなんだね」

 冗談なのか真剣なのか、からかっているのか冷やかしているのか。世界一モテる男が自分にだけ向けるその表情があまりにも端麗で、勇利の頭からは湯気が立ち込めてしまった。

「ち、違くて、だってヴィクトルだよ!?スケート、を、やってる、人間なら、誰だってみんなヴィクトルに憧れるのは、それは当たり前であって…」

「じゃ勇利は俺がトップスケーターだから真似してたって事?」

「そ、それは…」

「俺がシニアに上がる前に表彰台に立っていたスケーターの演目も全部覚えてるの?」

「お、覚えては、な」

「滑れるの?」

「滑れ、ません…」

 少しだけ強引に、勇利の手を頬から引き剥がす。練習でくたくたの勇利。顔が赤いのはそのせいではないけれど、疲れているのは一目瞭然。いじわるを言いすぎたかな?と胸中で反省するヴィクトルは、自分よりも背の低い勇利をそっと胸に閉じ込めた。

「観念した?」

「…ヴィクトルには絶対勝てないよ」

「ぶー。俺の聞きたい答えじゃアリマセン」

「う…」

 好きかどうかを問われれば、好きに決まっている。勇利の周りの人間が証明できる位に、火を見るよりも明らかだから。ただそれが、歴代の演目を真似して滑れるというのは結構難易度も高いし、ヴィクトルはそれがこそばゆいけれど嬉しかったからこうして勇利の口からはっきりと聞きたくて暴挙に出たとも言える。

「ヴィクトルは」

「俺は?」

「僕の」

「うん」

 慣れない手つきでヴィクトルの背に両手を回す。ヴィクトルがどれだけスキンシップを取っても決して勇利からハグをする事はなくて、それが日本人のシャイな所だと解っていても少しだけ寂しい思いをしていたのも事実だ。

 自信なさげに呟く声も、不器用な言葉選びも、全て愛しい。

「僕の、世界を、色付けてくれた…た、大切な、ヒト…デス…」

 一言一言が途切れ途切れだったけれど、二人しかいないリンクで互いの息遣いだけが耳に届く様な状態だったから、ヴィクトルは消え入りそうな勇利の語尾までしっかりとその胸に吸い込む事が出来た。

 出来れば、しっかりと目を見て言って欲しかったけれど、それを今の勇利に望んでしまうのは時期早々とも言える。

「良くできました」

 この辺で合格点をあげなければ、明日の練習に響くだろう。ヴィクトルは手袋を外すと、体温の残っている手で勇利の頬を暖めた。

「じゃ、明日からちょっとずつエキシの練習も始めようか」

「えっ!?いや、それは、そこまでして貰うのは…」

「振り付けどうしようか。勇利自分でやってみる?それとも、俺が考えていい?」

「ねぇ、聞いてる!?」

 ヴィクトルの甘い囁きに惚れ惚れしているのも束の間だ。SPとFSと演技指導と実技指導、これだけでも十分すぎる程だというのに、エキシビションまで介入されては申し訳ない。勇利は慌てて「NO!!NO!!」と訴えるものの、ヴィクトルの脳内では既に構成が蓄積され始めようとしていた。

「わ、解った、解ったからヴィクトル、ちょっとストップ!僕の希望も聞いて!」

「わお、勇利の希望!?なんだい!」

 美しい瞳を輝かせて勇利の顔を覗き込む。おねだりする子供の様で目を逸らしたくなるけれど、彼の左手で体はしっかり固定されているものだから逃げられない。スキンシップの域を飛び越えたこんな状態を人に見られたらどんな事になるか…そんな心配をしているのは勇利の方だけだと本人も解っているから観念した。

「あのね。その…優ちゃんにも『完コピ』って喜んで貰えたんだけど、自分としてはまだまだ全然ダメだと思うから、その、ヴィクトルに、お、教えて欲しいなって…ずっと、思ってて」

 自信なさげに小声で話す勇利を見て、ヴィクトルは頭の中で新しいエキシの構成が始まっていた。勇利の話を聞いていない訳ではないのだが、折角好きなプログラム構成できるエキシビションなんだから、勇利の素晴らしさを十分に発揮できる物に仕上げたい。

 曲は、技は、ステップは、衣装は…。

 恋人に贈るプレゼントを選んでいる時の様な、そんな新鮮な感情でいるヴィクトルだったが、勇利が思いきって告げた希望はーーー。

「“離れずにそばにいて”を、僕に下さい!!」

 いつになくはっきりとした口調で、覚悟を決めた様な眼差しで。勇利は耳まで赤くしながら、ヴィクトルに願いを申し出た。

 小さな勇気を振り絞っただろう勇利の言葉に、ヴィクトルの方が撃沈した。ヴィクトル・ニキフォロフ去年のFS『離れずにそばにいて』は、ヴィクトルにとっても勇利にとっても、二人にとって特別な想いがつまっているプログラムなのだから。

「いいね、いいね勇利」

「いいの!?」

「うん、そういうの大好きだよ!」

「やった、ありがとうヴィクトル」

 勇利の、体が音楽を奏でるようなスケートの素晴らしさは、まだ気が付いている人は少ないだろう。そこに惹かれるきっかけとなったのは、ヴィクトル本人が作ったプログラムを滑る勇利の姿をみたからだった。

 ジャンプにはまだまだ技術向上が必要だけれど、勇利の持ち味はヴィクトルにないものが秘められている。それを開花させた時、どんな驚きが世界を覆すのか見てみたい。


「勇利。あの曲ね、実は『2分40秒』の別バージョンがあるんだけど、それ聞いてみて」

「EROSとAGAPEみたいな感じ?」

「いや、曲調は大して変わらないんだけど。これ」

 リンクサイドに戻り、ヴィクトルが差し出したイヤフォンを耳にセットする。画面の再生ボタンをタップすると、聞きなれたあの『離れずにそばにいて』とは違う、ピアノの音でイントロが始まる。

 ヴォーカルは同じだったが、管楽器の演奏が薄い分、そこに歌の持つ意味が丸裸にされたかの様に耳に届いてくる。

 しかし、徐々にオーケストラがインしてくると、そこからは元の曲と同じような調べに繋がってくる。違うのはイントロだけ?と勇利が片耳のイヤフォンを外しかけたその時だった。

(うそ、これって)

 男性の歌声に重なる様に女性の歌声が追いかけてくる。

「どうかな」

 イタリア語は話せない勇利だったが、この歌の歌詞は知っている。シンプルに「離れずにそばにいて、あなたを失うほど怖いものはない」と心が叫ぶ歌だ。

「冒頭のジャンプ以降は、出来るだけ勇利の得意なステップで魅せたいと思うんだ。試合じゃないからね、俺のやったプログラムは大きく変えたりしないけど、勇利の持ち味を最大限にいかしたエキシを、俺に作らせて」

 あっという間に盛り上がりが消えて、二人の歌声はハープと弦楽器のデュオに書き消されていく。これじゃ本当に…

(まるで僕がヴィクトルの…)

 聞く人によっては同じ曲のバージョン違いというだけかもしれない。けれど、このプログラムをコピーする為にずっとヴィクトルの『離れずにそばにいて』を見ていた勇利は、思い入れが他人とは変わってくる。

「勇利?どした?」

 EROSとはまた別の難題だ。単純に考えてヴィクトルが「どうせなら新しいバージョンで」って言いたいだけなのは十分承知している。勝手に勘違いして勝手に困っているのは勇利だった。ヴィクトルの問いかけに「なんでもないよ」と答える余裕もなく。

「そんなに嫌かい?俺の恋人を演じるの。…って、ちょっ!勇利!?」

 ついにのぼせた勇利は、ヴィクトルの言葉を最後まで聞かずにその場に座り込んでしまった。まるで39度の熱が一気に全身を駆け抜けたような虚脱感。それにはさすがのヴィクトルも驚いてしまって、手を差し出す頃には勇利は冷たいコンクリートに両手をついてしまっていた。

「どうしたっていうんだ?」

「どうしたもこうしたもないよ、さっきから僕の気持ちも知らないで」

「勇利の気持ちならさっき聴いたよ。俺は勇利の世界を色付けた大切なひっ…もごっ」

「リピートしないで!」

 強引にヴィクトルの口を両手で塞ぐ。その行動に少しだけ怒りが生じたヴィクトルだったが、自分を頑張って睨んでいる勇利の両目にうっすらと涙が滲んでいる姿があまりに愛しく思えてしまって、怒るという選択肢は彼の心の中からすぐに除外された。

「恥ずかしいんだからね。ヴィクトルと違って。僕は日本人だし、こういう性格だし」

 それはヴィクトルも十分に解っていた。EROSの追求に、よりにもよってカツ丼を挙げたり、性別を変更してみようなんて考えに至る位だ。勇利の自分への想いが単純な言葉で言い表せる程の軽いものではない事は気が付いている。

 気が付いているというより、勇利のスケートがそれらを全て表しているのだから。

「それでも俺は、勇利にこの曲を滑って欲しいと思うけれど。ダメかい?」

 勇利の耳から外れた片方のイヤフォンを自分の耳にセットする。冷たい床に二人で座り、向かい合って、再び『離れずにそばにいて』を再生する。

 ヴィクトルは目を閉じて音楽に聴き耽る。勇利はまだ心臓の音が激しかったけれど、悔しい気持ちを押さえて必死に目を閉じた。

 もう、音楽を再生しなくてもこの曲は全て頭に入っている。音楽がなくても滑れる。ヴィクトルが演じている最中の細かな仕草も、息遣いも、全てコピーした。そこにもう一人の歌声が、支えるように、寄り添うように介入している。

 こんなの、誰がどう聞いても『愛し合う二人の姿』が浮かぶだろう。

「今、何を考えた?」

「うぇっ!?」

「ふふ」

 気が付けばヴィクトルは片目を開けて勇利の顔を覗き込んでいた。反応がいちいち可愛らしいと思わず吹き出してしまう。

「もーーっ!帰る!」

「あ、勇利!」

 乱暴にイヤフォンを外すと、ヴィクトルの胸に突き返す。そのまま反動つけて立ち上がると、彼の呼び声を無視してそのまま荷物を置いてる更衣室へとずかずか大股で歩き出した。

(ヴィクトルのバカ、ヴィクトルのバカ、ヴィクトルのバカ)

「勇利、ブレード痛めるよ~!って、もう…」

 一人ぽつんと残されたヴィクトルだったが、勇利が最大限に赤面した顔が忘れられず、再び笑いが込み上げる。

(さて、俺も)

 勇利と一緒に帰ろう。そう思い、立ち上がる。天井のライトに照らされたリンクには、無数のブレード跡が残っている。サンクトペテルブルクのホームリンクでは数人の選手たちと一緒にリンクを共有するけれど、此処では氷にエッジを滑らせているのは勇利一人だ。

 勇利のつけた跡を眺めて、ヴィクトルは目を細めた。

(勇利)

 これからも、その輝きを見せて欲しい。自分にとって色褪せてしまったこの世界に、再び彩りを与えてくれた君へ。



「君のスケートを、心から愛している」



fin
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